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東京地方裁判所 平成9年(ソ)1号 決定

主文

一  原決定を取り消す。

二  本判決別紙当事者目録の五行目の次に、「(住民票上の住所)東京都江東区《番地略》佐久間方」と加える。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

本件記録によれば、新宿簡易裁判所平成三年(ハ)第三三八六号貸金請求事件訴訟(以下「本件訴訟」という。)係属当時、被告の住民票上の住所は判明していたが、被告は右住所以外の地である本判決の被告の肩書地に居住していたことから、送達書類も同所において送達されていること、給付判決である本判決には被告の住所ないし居所として同所のみが記載されていること、本件訴訟係属中の調査では被告の就業場所が判明しておらず、強制執行を申し立てる際にも就業場所が不明であることが十分予想されること、被告は、本判決後に転居し、住民票上の住所も移転していることが認められる。現在の強制執行の実務においては、被告が判決後に転居した後に、原告が強制執行を申し立てる際には、右新住所を記載して同所を送達場所とする必要があり、判決に記載された住所と強制執行申立時の住所が異なる場合には、住民票上の住所の連続によって被告と債務者の同一性を明らかにする必要があるものとされているところ、裁判所の意思と表現の間に食い違いがあるとはいえない場合であっても、更正決定制度の目的、訴訟経済の観点から、特に判決に基づく執行、戸籍訂正、登記等を容易にするために必要があるときは、同条項の類推適用が認められるものと解され(最高裁判所昭和四三年二月二三日第二小法廷判決・民集二二巻二号二九六頁参照)、また、表現の「誤謬」とまではいえない程度の不明瞭な表現を明確にし、あるいはより適切な表現に改めることも許されるというべきであることから、判決に基づく執行を容易にするため、本判決においても、これを更正して被告の住民票上の住所を併記するのが相当である。

ところで、旧民事訴訟法二四一条三項は、更正申立てを却下する決定に対して上訴ができない旨規定していたが、現行民事訴訟法には同様の規定がなく、その可否が解釈に委ねられているところ、判決に対しては上訴という不服申立方法があるものの、判決の更正で足りる場合には上訴の理由は認められないと解されるから(大審院昭和六年一〇月一四日第四民事部判決・法学一巻三号一四六頁参照)、前記のとおり判決に基づく執行等を容易にするために更正を求める当事者の利益を保障すべく、民事訴訟法一九四条三項を類推適用して、更正申立てに対して実体判断をした上でなされた却下決定についても即時抗告を認めるのが相当である。なお、大審院昭和一三年一一月一九日第三民事部決定(大審院民事判例集一七巻二二号二二三八頁)は、裁判所の意思と表現とが一致するかどうかの判断は他から強制されるべき性質のものではないとして、「明白ナル誤謬」がないことを理由とする却下決定に対しては即時抗告をすることができないとする。しかしながら、そもそも前記のとおり民事訴訟法一九四条一項を類推適用して判決を更正する場合には、当該判決をした裁判所の意思と表現が一致するかどうかは問題とならない上、更正決定に対しては相手方から即時抗告をすることが許されており、右即時抗告に基づき抗告審において更正決定を覆す場合に、裁判所の意思と表現が一致するかどうかについての判断を他から強制されることが民事訴訟法上予定されているのであって、右大審院決定の基本とする理由自体が問題である。さらに、控訴裁判所が控訴棄却の判決をするに当たって、原判決の「明白ナル誤謬」を更正することができる(最高裁判所昭和三二年七月二日第三小法廷判決・民集一一巻七号一一八六頁、前掲昭和四三年判決各参照)ことからも明らかであるように、判決の更正は、判決の実質である判断内容を変更するものではなく、判決書の表現の過誤や不適当を訂正補充してより完全なものにすることであるから、判決の更正を判決裁判所の専権とする必要はなく、抗告裁判所も民事訴訟法一九四条一項にいう「裁判所」として更正決定をすることが可能であるというのが相当である(なお、本件では、更正申立てに対する却下決定の即時抗告により、抗告裁判所に本件訴訟の記録があることから、最高裁判所昭和三五年一二月九日第二小法廷決定・民集一四巻一四号三二六八頁の場合とは、事案を異にする。)。

よって、本件即時抗告を適法と認め、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 南 敏文 裁判官 小西義博 裁判官 納谷麻里子)

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